第8回「支援する人」と「支援される人」を分けない(後編)――自分たちで解決する力が生まれるとき

 前回、養ヤギプロジェクトを通して、支援とは「何かを与えること」ではなく、「続けられる力を一緒につくること」ではないか、という話をしました。では、その力はどのようにして生まれていったのでしょうか。

 ヤギの飼育技術を学ぶ中で、現地の人びとは少しずつ変化していきました。どの餌が良いのか、どうすれば病気を防げるのか、どのタイミングで売るのがよいのか。最初は外部からの助言を頼りにしていた問いが、やがて自分たちの中で考えられるようになっていきます。重要だったのは、「教えられる」ことよりも、「一緒に考える」経験でした。

 うまくいかなかったことも含めて話し合い、次にどうするかを決める。その繰り返しの中で、「自分たちの取り組みだ」という実感が生まれていきました。この変化は、単にヤギの数が増えたということ以上に大きな意味を持っていました。自分たちの生活は、自分たちの工夫で変えていける――その感覚が生まれたとき、取り組みは外部の支援に依存しないものへと変わっていきます。そして、この経験は、現地の人びとだけでなく、私たち自身にも変化をもたらしました。

 以前の私たちは、「何を提供できるか」「何を教えられるか」を中心に考えていたかもしれません。しかし現場を重ねる中で、問いは少しずつ変わっていきました。「相手が自分たちで続けていける形になっているか」「その地域の中に力が残っているか」という視点が、何より重要だと感じるようになったのです。支援とは、相手の課題を代わりに解決することではありません。 むしろ、その人たちが自分たちで課題に向き合えるように関わることです。協働とは、対等に学び合う関係です。

 現地には、長年の暮らしの中で培われた知恵があります。外部には、別の知識や経験があります。その両方が出会い、混ざり合うことで、その土地に合った方法が生まれていきます。「支援される側」をつくらない、というのは、支援をやめることではありません。関係のあり方を変えることです。受け身ではなく、主体として関わることができる関係。それが生まれたとき、取り組みは初めて持続的なものになります。

 養ヤギプロジェクトは、そのことを私たちに教えてくれました。家畜を育てる技術以上に大切なのは、自分たちで考え、判断し、続けていく力です。環境、暮らし、教育。すべてがつながる現場において、支援もまた一方向では成り立ちません。共に考え、共に試す。その積み重ねの中でしか、続いていく社会のかたちは生まれないのではないでしょうか。 

 次回は、こうした取り組みの中で見えてくる、「数字では測れない成果」について考えていきます。  HFI代表福井誠

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