ネパール研究文献妙録

1.大塚柳太郎「南アジアの農村での行動調査」『民族衛生』2004;70(1)pp1-2 *東京大学大学院医学系研究科、巻頭言

バングラディシュでの砒素汚染された井戸水の健康に対する影響について。女性より男性の方が重篤。それは、男性の労働(屋外での農業、レンガづくり、小売業など)と女性の家事(料理とその準備、掃除、家屋の修理など)の生活スタイルの違い、つまり、直射日光に曝される時間数の違いと関係していると推定される。

2.牧野利信「ネパールにおける住民参加事業・海外の砂防・治山シリーズ―11」『砂防学会誌』2004;50(2)、PP53-57  *内閣府国際平和協力本部事務局、ネパール王国、村落振興・森林保全計画2(サビハ)

ネパール王国の概要:低地「タライ」は国土の17%8000メートル級のヒマラヤ山脈との中山間地域に人口の大部分が住んでいる。  ネパールの森林帯は、中山間地域の低い盆地には常緑広葉樹、段々標高が高くなるに連れて落葉樹林(カシ、クスノキ、さくら、ハンノキ)、そして針葉樹林(モミ)、山岳地帯は、低木帯、灌木帯となり、そして森林限界を超えてお花畑の高山草原、最後は植生が全くない岩山地帯となる。ほとんどが国有林で森林管理は、森林・土壌保全省が担当。これが人口増加や経済活動の拡大により森林が減少・劣化している。国有化による管理による対策も効果をあげず1970年より地元住民による自主管理・経営を進めているが、なかなかうまく進展していない。その背景のもとでJICAサビハプロジェクトが実行されている。  サビハは1999年7月より展開、住民自身による持続可能な森林(環境)保全モデルを構築することにある。

3.辰巳佳寿子「ネパール山岳地域における食料自給と家系戦略(集落別地域事情の相異を中心に)」個別報告論文pp149-154  *山口大学

ネパールの開発は平野、山地、山岳の三つの地理的特徴を考えて行う。しかしながら開発政策は、既に基盤の整った平野が優先され、山岳はその恩恵を受けることが少ない、従って生産性を上げられず、自給自足も進まない。山岳地域の生活上の一番の問題は、食料確保。車道沿いか山中かというアクセス条件、またバザールがあるか否かで就業機会、ビジネスチャンスが違い、現金収入の高低につながる。行政村の下部組織である集落ごとに解決策を考え「バザール近郊・非農業中心型」、「バザール近郊・農業中心+補足的非農業」、「車道沿い・農業中心型」「山中・農業中心型」、山岳地域の集落と区別して考える。こうした地域の活性化のためには、地域住民の組織を活用することが有効である。

4.辰巳佳寿子「ネパール山村におけるグループ制小規模金融の現状―集落別地域事情の相違を中心にー」農林業問題研究(150、2003年6月)pp156-162  *広島大学大学院、科研費基盤A

3.「ネパール山岳地域における食料事情と家系戦略」の補足論文。家系戦略を産める小規模金融の実態を調査している。山村に対する政府やNGOを介した支援の取組は、90年代後半からようやく実験的に実施され始めている。辰巳3のレポートで取り上げた地域を再調査するもの。ローカルNGOのWEAN(Women entrepreneurs Asoociation of Nepal)が運営する。5人グループの連帯保証制度を使って貸し出しをする。しかし、その利用状況は「一定の生活水準をもつ富裕層もしくは中間層が、他の金融機関からの借り入れの補足として小規模金融を利用しており、必ずしも低所得層が利用しているわけではない」つまり、困窮した生活の改善のためではなく、一定の水準にある生活をさらに向上させるための活動に使われる。また、小規模金融の運営は、貸出したお金のマネジメントの教育のみならず、有効利用するための技術指導(畜産など)が合わせて必要とされる。

5.巽二郎 ネパールの農林業の現状と将来、研究集会:ネパールの貧困と農業・農村を考える。 *名古屋大学大学院生命農学研究科

ネパールの国土面積は約15万平方キロ。このうち35%が山岳地帯、42%が丘陵地帯、23%テライに区分される。農地面積は約395万ヘクタール。その内耕作面積は、297万ヘクタールで国土の訳20%。農家の平均耕作面積は1.1ヘクタール。農村人口が85%である。天水田の割合が高いために、収量の変動が大きく生産は不安定。ネパールの作物生産は、耕地面積の拡大と収量増加の両面において頭打ちに近づきつつある。近年耕地面積の増加に対する家畜数の相対的な減少が、単位面積当たりの厩肥投与量を減少させ、潜在的な地力の低下をもたらしている。農外収入の期待できない自給農家の場合は、貧困に直面せざるを得ず、自給的な農業生産力を維持し、農村の崩壊による都市への急速な人口流出とスラム化を防ぐ方策が必要である。ネパールの作物生産が家畜の飼育と密接に関連している現状や乾季における飼料の50%以上を樹木に依存していることから、耕地テラスの畦や空間を利用した果樹や飼料木を含むアグロフォレストリーの強化、牧草やマメ科作物を含む作付体系の整備、砂防・植林に際して多目的な樹種を選定するなどの、家畜を含めた農地・林地における資源循環的な生産技術の開発と普及が緊急に必要である。

6.永目伊知郎「南西アジアの高標高地対の農業環境の実態」「熱帯・亜熱帯の高標高地における農林業の多様性と生産性」シンポジウム、熱帯農業42 (3) :209 -233,1998

JICAの協力の特徴は、「森林」や「治山」といった特定の分野に限定せずに、住民生活全般に関わる支援を包括的に行うことにある。その際に、一律的にメニューを実施するのではなく、地域毎にどのような分野の支援が「効果的」であるかについて住民に考えてもらうことに力点を置いている。また「草の根レベル」の協力を実施するための体制を整えつつ、「地域滞在型」協力を展開することである。受益者サイドに立った支援手法を採用している。また、住民の自律的能力を開発するため、依存心のみが高まることを排除するメカニズムを作っておく。その方法の一つとしてシーリング方式、コスト・シェリングの導入がある。

7.梅村尚美「貧困と農村」熱帯農業45(5)2001 *名古屋大学大学院国際開発研究科

行政区の状況、畑の利用状況、低収入低所得打開のための、NGOやCBRとの協力についてまとめている。 <行政区の特徴> 貧困については、年間最低必要費用(Rs4,404)以下で生活している人と定義される。ネパール全体の42%が貧困で苦しんでいる。1990年の民主化後、1992年にDDC(Development Committee、郡開発委員会)を一つの単位とする地方行政システムが出来た。その下に市(Municipality)と村(Village=VDC(Village Development Committee、村落開発委員会)があり、これが地方行政の最小単位となる。政府からVDCに毎年、年間開発予算があてられ(50 万ルピー)、車道建設、簡易水道、学校への支援(校舎改築、教師への手当補充)、灌漑用水路建設、補修、無線・電話設置などの小規模事業、母親グループの活動資金などの支援となる)また1VDCは通常9つのワード(区)で構成される。さらにワード内には、トールと呼ばれる生活地域がほぼ共通である生活単位がある(10~30世帯)。 <農業サイクル> 農村の年間生活サイクルは雨季と乾季という気候に従って営まれる。春先のトウモロコシにはじまり、シコクビエを植えた後、6月下旬頃より雨季を迎え、稲を植える農繁期となる。集中豪雨による土砂崩れ、土石流の被害も引き起こされる時期である。9、10月には稲の収穫期を迎える、これ以降の乾季は農作物栽培には適さず農閑期になる。 <課題> 森林(私有林、共有林)は、煮炊きを行うエネルギー現、家畜の飼料源、建築用資材源として利用されるが、無計画な利用による災害、代替えエネルギーの開発が課題となっている。中間山地帯は、亜熱帯から温帯にかかる気候区分なので、多様な果樹、作物種が栽培可能である。しかし、生産性は高くない。灌漑、耕作地の肥沃度の維持が課題で、中・大型家畜の糞尿よる堆肥利用が検討される。また、高低差の激しい傾斜地での生活の難しさがある。 統計的には山間部では、15-40歳代男性の出稼ぎによる農村の女性化が顕著。つまり女性が農作業の責任を担っている。私有林の所有、土地(耕作地)所有、飲料水へのアクセス、燃料の入手、トイレの普及率など、高位カーストが優位の現状がある。

8.西村美彦「ネパールの農業開発と技術協力」熱帯農業45(5)2001 *名古屋大学大学院国際開発研究科

ネパールの農業は、主として標高差による地理的条件の違いとカースト制度を含む他民族国家としての社会的条件の違いが地域の農業・農村を特徴づけている。JICAのこれまでの四つのプロジェクトを増収への貢献度と生活への貢献度の二尺度で分析位置付ける内容。地理的条件を適正に選択、活用することで農業開発携帯が多様化することを指摘。丘陵地では、温帯果樹の普及を図り農家の収入を増大させることを目的とする園芸開発プロジェクトがある。なお、農業開発は単なる技術だけの開発・移転ではなく、農村開発を含まなければならないとする。また増収効果型のプロジェクトにおいては農村における貧富の格差の拡大と裨益が低所得者(土地なし農民など)に届かないという問題が、また生活向上型プロジェクトではエンパワーメントの効果は大であるものの農家の増収にまで至っていないことが判明。今後両形態の組み合わせを考慮したプロジェクトの形成が必要と指摘される。

畠 博之ネパールのカースト/エスニック・グループとその教育問題 ――ダリットの教育課題とその運動――*神戸大学大学院、(社)日本ネパール協会理事

ダリットの教育問題についての実証的研究