これまで見てきたように、環境や健康、教育に関わる課題は、それぞれ別々に存在しているわけではありません。農業のあり方は暮らしに影響し、暮らしの安定は子どもの教育につながり、水や衛生の状態は健康に直結します。現場に行けば行くほど、こうした問題が一つながりのものとして存在していることがよく分かります。
そのとき、もう一つ見えてくるのが、「支援のあり方」そのものです。支援という言葉には、どこか「与える側」と「受け取る側」を分ける響きがあります。知識や資源を持つ側が、足りないものを持つ側に届ける。たしかにこの構図は分かりやすく、短期的には有効に見えることもあります。けれども、その形が固定化すると、「考えるのは外部」「受け取るのは現地」という関係が生まれやすくなります。
それでは、取り組みは長続きしません。なぜなら、地域の中で本当に続いていくためには、その土地に暮らす人びと自身が、自分たちの課題として考え、選び、改善していけることが必要だからです。HFIの養ヤギプロジェクトは、その視点を大事にしました。
ヤギは、現地の農村にとって身近な家畜です。しかし当初は、「売れる個体として育てる」「増やして資産にする」という発想が十分に浸透しているとは言えませんでした。飼ってはいるけれど、それが安定した収入につながる仕組みにはなっていなかったのです。
そこで必要だったのは、「ヤギを配ること」ではありませんでした。どうすればヤギを健やかに育てられるのか。繁殖をどう考えるのか。どの段階で売るのか。その一つひとつを、地域の暮らしに合わせて考えていくことが求められていました。この取り組みでは、日本の家畜改良センターの協力も得ながら、飼育や管理の知識を共有していきました。しかしここでも重要だったのは、外から「正しい方法」を持ち込むことではなく、それをどう現地の条件に合わせるかを、共に考えることでした。
つまり、支援とは「答えを渡すこと」ではなく、「問いを共有すること」に近いものだったのです。ヤギを育てるという一見シンプルな取り組みの中に、支援のあり方を問い直す重要な視点が含まれていました。外から与えられた方法ではなく、自分たちで考え、試し、続けていく。その力が育たなければ、どれほど良い仕組みも、やがて止まってしまいます。こうして私たちは、少しずつ気づき始めました。支援とは、何かを渡すことではなく、「続けられる力を一緒につくること」なのではないか、と。
次回は、この養ヤギプロジェクトの中で、どのように「自分たちで改善していく力」が育っていったのか、そしてその変化が私たち自身に何をもたらしたのかを見ていきます。HFI代表福井誠
