第5回 健康支援は、環境を壊してよいのか ―口腔ケアの現場で見えた「善意」の難しさ

 2026年のスタディツアーでは、歯科大学の学生たちとともにネパールの現地を訪れました。きっかけは、住民の方々から寄せられた「口腔ケアを指導してほしい」という要請でした。虫歯や歯周病を防ぐための知識を届けることは、健康支援としてとても重要です。日本で暮らしていると、歯磨きや歯磨きペーストの使用は、ごく当たり前の習慣として受け止められています。

 しかし、私たちには一つの迷いがありました。それは、この地域の水と衛生の状況を、過去の調査で見ていたからです。

 以前、上水道整備のために現地を調査した際、生活排水が十分に処理されないまま川へ流されている状況を確認しました。地方部、とりわけ山岳部では、その状況は今も大きく変わっていません。ヌワコットの中心市街地でさえ、上水が整っている場所とそうでない場所が混在し、道路沿いには、かつての日本を思わせるような、コンクリートで固められていない自然のままのどぶ川が一部残っています。

 そのような環境のなかで、日本や都市部の感覚のまま、歯磨きペーストを使った口腔ケアをそのまま勧めてよいのだろうか。この問いは、私たちにとって非常に大きなものでした。

 歯磨きペーストは、口の健康を守るためには有効です。しかし、それが生活排水として処理されないまま環境中に流れ込めば、別の問題を生む可能性があります。ペーストに含まれる成分や、製品によってはマイクロプラスチックなどが、地域の水環境や健康に負荷を与えることも考えられます。つまり、健康を守るための支援が、別のかたちで環境を傷つけてしまうかもしれないのです。

 ここで問われるのは、「それが正しい知識かどうか」だけではありません。その知識や方法が、どのような環境のなかで使われるのかまで考えられているかどうかです。支援の現場では、とかく「良いものを届けること」が目的になりがちです。けれども、現地の生活条件やインフラの状況を無視してしまえば、善意から始まった支援が、長い目で見て別の問題を生むこともあります。

 環境問題は、農業やエネルギーだけに関わるものではありません。健康や衛生、教育の現場にも、深く入り込んでいます。何かを改善しようとするとき、その方法が地域の環境とどう結びつくのかを考えなければ、本当の意味で持続可能な支援にはなりません。

 今回の口腔ケアの取り組みは、健康支援のつもりで始まったものでした。
しかし実際には、「何を届けるか」だけでなく、「それが地域の暮らしや環境の中でどう使われるのか」を問い直す経験でもありました。善意だけでは、続かない。そして、善意だけでは、守れないものもある。そのことを、私たちはこの現場であらためて学んだのです。

次回は、その問いを踏まえて、私たちがなぜ歯磨きペーストを配らず、現地の知恵を尊重した口腔ケアの学びへと方針を切り替えたのかをお伝えします。 HFI代表福井誠

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