「気候変動対策」と聞くと、太陽光発電や電気自動車、大規模な植林などを思い浮かべる人が多いかもしれません。もちろん、どれも大切な取り組みです。でも実は、私たちの足元にも気候変動対策の大切な場所があります。それが「土」です。
土は、作物を育てるためだけのものではありません。植物が大気中から取り込んだ炭素の一部を受け取り、蓄えておく場所でもあります。このシリーズでは、ネパール・ヌワコットの農地を舞台に、土を育てることが気候変動対策となり、それが農家の暮らしや子どもたちの教育にどうつながっていくのかを考えていきます。まずは、「炭素がどこから来て、どこへ行くのか」から見てみましょう。
炭素は、空気の中にもある
「炭素」という言葉を聞くと、黒い炭のようなものを思い浮かべるかもしれません。しかし炭素は、空気中の二酸化炭素、つまりCO₂にも含まれています。植物は光合成によってそのCO₂を取り込み、太陽の光や水を使って、幹や葉、根をつくります。
つまり植物は、空気中にあった炭素を自分の体の中に取り込んでいるのです。そして植物が育ち、葉を落とし、根の一部が枯れると、それらは虫や微生物によって少しずつ分解され、土の一部になっていきます。植物の中にあった炭素の一部も、その過程で土へ移っていきます。
ここまでを簡単にまとめると、空気中の炭素を植物が取り込み、その一部を土へ運んでいるということです。
土は、炭素の「貯金箱」
土の中に入った炭素の一部は、有機物として蓄えられます。有機物とは、落ち葉や枯れた根、動物のふん、それらが微生物によって分解されたものなどです。有機物が増えると、土は水を保ちやすくなり、作物を育てる力も高まります。
そして同時に、炭素を土の中にとどめることにもつながります。大気中にあった炭素を植物や土の中に取り込み、蓄えておくことを、専門用語では「炭素隔離」と呼びます。
言葉は難しそうですが、仕組みはそれほど複雑ではありません。空気中の炭素を植物が受け取り、その一部を土の中にしまっておく。いわば土を、炭素の「貯金箱」にするということです。
土が流れると、何が困るのか
ただし、土は炭素をいつまでも貯めておけるわけではありません。強い雨によって表面の土が流されれば、そこに含まれている養分や有機物も失われます。植物の少ない場所では雨が直接地面に当たるため、特に表土が流れやすくなります。
表土は、地面のいちばん上にある、作物を育てるうえでとても重要な部分です。養分や有機物が多く、植物の根やさまざまな微生物も集まっています。その部分が失われれば作物は育ちにくくなり、土の中に蓄えられていた炭素も失われやすくなります。
つまり、土を守ることには二つの意味があります。作物を育てる力を守ること。そして、炭素を土の中にとどめることです。
土の問題は、暮らしの問題でもある
ネパール・ヌワコットの山あいには、傾斜地にある農地が多くあります。こうした場所では、雨季に強い雨が降ると表土が流されやすく、土が薄くなれば作物も育ちにくくなります。収穫が減れば、当然、農家の収入にも影響します。
農業だけで家族の生活を支えることが難しくなれば、若い世代は都市や海外へ働きに出ることを考えます。働き手が村を離れれば、残された家族の負担が重くなります。さらに家計が苦しくなれば、子どもの学用品や通学、進学のための費用にも影響する可能性があります。
つまり、土が流れることは、単なる環境問題ではありません。土が失われることから、収穫、収入、家族の暮らし、そして子どもの教育までがつながっているのです。
そこで、木と作物を一緒に育てる
では、土が流れないようにしながら、農家も収入を得るにはどうすればよいのでしょうか。そこでHFIが取り組もうとしているのが「アグロフォレストリー」です。難しい言葉ですが、基本的には、木と農作物を同じ土地で一緒に育てる方法です。
木の根は斜面の土を支え、落ち葉は有機物として土に戻ります。木陰ができれば、強い日差しをやわらげ、土が乾きすぎるのを防ぐことにもつながります。HFIはヌワコットで、モリンガやアムラなどの木と、ウコンやコーヒーなどの作物を組み合わせて育てることを目指しています。
つまり、木を植えて環境を守るだけではありません。木で土を守り、その土で販売できる作物を育て、農家の収入にもつなげようとしているのです。
環境に良いだけでは、続かない
ここで大事なのは、農家に「環境のためだから我慢してください」と求めないことです。木を植えることが環境に良くても、そのために農家の収入が減ってしまえば、長く続けることは難しくなります。農家には今日の食費も、子どもの教育費も、次の作付けに必要なお金も必要だからです。
そのためHFIでは、長い時間をかけて木や土を育てながら、比較的早い時期に収穫できるウコンや、将来の換金作物となり得るコーヒーなどを組み合わせることを重視しています。将来、土や木に蓄えた炭素の価値を適切に測定できれば、カーボンクレジットとして認められる可能性も考えています。
環境を守ることと、農家が暮らしていけること。この二つを同時に成り立たせなければ、取り組みは続かないということです。
見えない変化を、見えるようにする
もう一つ難しいのは、土の変化がすぐには見えないことです。木を植えた翌日に土が良くなるわけではありません。木が育ち、根が伸び、落ち葉が土に戻り、微生物がそれを分解し、有機物が少しずつ増える。そうした積み重ねには時間がかかります。
だからこそ、土壌サンプルを採って分析したり、植えた木の本数や成長、作物の収穫量を記録したりすることが重要になります。感覚だけで「良くなった気がする」と考えるのではなく、記録を残すことで、農家自身が土地の変化を確かめられるようにするのです。
土は、ただの砂や粘土の集まりではありません。根が伸び、落ち葉が分解され、微生物が働き、有機物が蓄えられていく場所です。木を植えるということは、地上に緑を増やすだけではなく、土の中で続いている、目には見えない循環を育てることでもあります。
土を守ることが、未来を守る
ここまでの話を、一つの流れにしてみましょう。ヌワコットの畑に木を植えると、根が土を支え、落ち葉が土に戻ります。有機物が増えれば、土が水や炭素を蓄えることにつながります。その土で作物が育てば収穫が生まれ、農家の収入になります。そして家計が安定すれば、家族の暮らしや子どもの教育を支える力にもなります。
こうして見ると、土、炭素、農業、収入、教育は別々の問題ではありません。一つの循環としてつながっています。
気候変動対策というと、どうしても大きな技術や国際的な仕組みを想像しがちです。しかし、土を流さないこと、木を植えること、作物を育てること、その変化を測って記録すること、そして農家が無理なく続けられる仕組みをつくることも、気候変動対策につながります。
土を守ることは、炭素を守ること。作物を守ること。そして、その土地で暮らす人たちの未来を守ることでもあるのです。
次回は、その土が耕されなくなったときに何が起こるのかを考えます。耕作放棄地は、本当にただの「使われていない土地」なのでしょうか。そこから、第2回「耕作放棄地は『空き地』ではない――失われた土が語ること」へ進みます。©Dr. Makoto
